葭川公園駅  繁華街から千葉神社へ

千葉の中心街にもっとも近いところにあるのが、ここ葭川公園駅(千葉都市モノレール1号線)です。ひと駅千葉寄りの栄町駅と同様に、葭川をまたぐ形となっています。

葭川公園

中心街にあるとはいえ、JR千葉駅からは歩いて10分くらい、京成線の千葉中央駅からも5分くらいのところで、交通のアクセスを考えるとわざわざモノレールに乗り換えてこの駅を利用するお客さんもそう多くはないような感じです。

お客さんの足も千葉駅周辺にすっかり奪われた感があって、かつては千葉で一番のにぎわいを見せたと思われるこの界隈も商業施設の撤退なども響いてか人通りが少なくなった気がします。

葭川公園(駅前2)    葭川公園(駅前1)

左は駅前からの千葉駅方面 ちょっとわかりづらいですが、はす向かいの信号の向こうに千葉中央公園があります。 右は同じく県庁方面です。

 

駅から中央公園の脇を抜けて10分程度で千葉神社に着きます。

千葉神社

千葉神社は千葉市を代表する神社で、初詣や七五三をはじめ、お宮参り、交通安全祈願などで多くの参詣客を集めています。
神社の前身は妙見菩薩を祀った金剛授寺というお寺で、中世にこの地を治めていた千葉氏が建立し、自らの守り神として代々信仰してきたものです。千葉氏の滅亡後も廃れることなく、江戸時代に入ってからも徳川将軍家の保護のもと信仰を集めてまいります。
明治になって神仏分離令によって千葉神社と改称しますが、その後も妙見信仰の中心的な役割を果たし続けて現在に至っています。いちばんの御利益は妙見さまの霊徳による「厄除け・八方除け」だそうです。

 

この神社も終戦間際の空襲で全焼し、現在の社殿はその後の再建です。
朱塗りも鮮やかな写真の本殿は、参拝所が1階と2階の両方にあるという珍しい造りで、どちらにお参りしてもよいことになっています。祈祷所もそれぞれにあるのでご祈祷待ちの時間も比較的少なくてすみます。

 

個人的なことですが、私の2人の子供のお宮参りもこの神社ですませました。

*更新をずいぶんサボっておりまして久しぶりのアップとなりました(m_m)

栄町駅 千葉の歓楽街入口です

千葉駅前大通りをちょっと左にそれて5分ほどで、千葉都市モノレール1号線の栄町駅に着きます。駅は市内中心部を流れる葭川(よしかわ)という小さな川の上にまたがっています。
千葉駅に近すぎるせいか、モノレールの利用客は多くなく、モノレール全駅で最も乗降客の少ない駅だそうです。

栄町(3)

上の写真は県庁方面寄りの駅舎(といっていいのかな?)。
駅は千葉駅の駅前通りから脇道に入ったようなところにあり、、駅の名前である栄町は写真の右手方向にあり、町外れに建っている駅という雰囲気が強く、駅周辺はあまり人通りもなく寂しい感じを受けてしまいます。

栄町 栄町(2)
左:県庁側の出入口をアップで
右:反対の千葉駅側の出入口

栄町というと昭和38年(1963)までは、旧国鉄千葉駅(現在は千葉市民会館が建っている)の駅前商店街としてにぎわいを見せたところ。駅の移転により、当時の面影はなくなってしまい何となく活気がない感じも受けてしまいます。
都市計画対策のひとつだと思いますが、風俗営業店などがこの界隈に集中しており、以前には発砲事件があったりしたため、怖い街というイメージがついてしまい、私自身この街の中を歩いたことがありません。(もっとも風俗関係の方も廃れ気味だという声も聞こえてきます)

栄町商店街の方々は 町のイメージアップのため、いろいろと努力をはらっているようです。
最近では韓国系の店も多く、コーリアタウンとして知名度もアップしているみたいです。
機会があれば一度歩いてみようかな?


栄町商店街のホームページです。
http://www.chiba-sakae.com/

栄町(駅前) 
栄町駅前からの栄町方面の風景。商店街はこの奥、まだこのへんは町外れの感じ。

京成千葉駅 目の前はJR駅

JR千葉駅に隣接する京成千葉線の京成千葉駅にやってきました。

この駅は昭和42年(1967)、当時は国鉄であった千葉駅との連絡駅として新たに設置されたもので、開業時の名前はその名もズバリ「国鉄千葉駅前」という駅名でした。(バス停の名前じゃないぞ! と揶揄されたとも)

昭和62年(1987)に国鉄がJRに移管したことに伴い、となり駅の京成千葉駅(現:千葉中央駅)の名称を譲り受けて現在の駅名に改称されました。
JR、千葉都市モノレールそれぞれの千葉駅との連絡駅になっており、特にちはら台方面からの京成利用客は大半がここを乗換駅として利用しているようです。


こちらが京成千葉駅の駅舎。そごうデパートの建物と一体化しているというか、デパートの中に駅があるという感じにも見えますね。

京成千葉 

駅前の風景。昔の駅名の通り、道路を隔てて目の前がJR千葉駅の連絡口となっています。

京成千葉(駅前)


さて、ここから散策しようといってもJRの千葉駅と変わりばえしないわけですが、京成千葉駅の隣にあるJR東日本千葉支社の構内にある千葉機関区跡の碑を紹介しておきましょう。
機関車の動輪を型どった碑ですが、かつてここに広大な千葉鉄道機関区があったことを記念するものです。
(現在の千葉駅は機関区がその使命を終え解散したのち、その跡地に移転してきました)
やはりここにも戦争の暗い影があり、この碑もそれを慰霊するための趣が強いものです。
 
千葉機関区の碑

太平洋戦争の千葉市は軍都というイメージの強い町で、さまざまな軍事施設が置かれておりました。
鉄道連隊もそのひとつで、鉄道機関区は鉄道の機関車基地としての本来の職務とともに、鉄道連隊の実地教育の大任をも担っていたということです。
そのため、終戦間近の昭和20年(1945)6月10日、米軍による爆撃の標的となり、巨大な機関車庫は壊滅され、鉄道関係者・戦時動員学徒ら23名の尊い犠牲者を出してしまいました。
そして彼ら殉職者の霊を弔い、先人の労苦をしのぶためにこの碑が建立されたとのことです。